コントロールを手放す時間:おうちでできるドリッピング&スパッタリングアート
コントロールを手放す時間:おうちでできるドリッピング&スパッタリングアート
自宅で気軽に心をケアする方法として、アートを取り入れることに興味をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。これまでにも様々なアートや音楽を使った手法をご紹介してきましたが、今回は「計画やコントロールを手放す」という点に焦点を当てた、絵の具を使ったアートセラピーをご紹介します。
ここでご紹介するのは、絵の具をキャンバスや紙に垂らしたり(ドリッピング)、飛ばしたり(スパッタリング)する技法を用いたものです。特定の形を描くのではなく、絵の具の流れや飛び散りといった「偶然性」を活かすのが特徴です。この予測不能なプロセスを通して、私たちの内面にある衝動や感情が自然と表現され、結果をコントロールしようとする意識から解放される体験が得られることが期待できます。
ドリッピング&スパッタリングアートのやり方
必要なもの
- 絵の具(アクリル絵の具や水彩絵の具など、ある程度水で溶けるものが適しています)
- 水
- 紙(画用紙やケント紙など、厚手のものが適していますが、新聞紙や段ボールでも構いません)
- 絵の具を溶く容器(紙コップやパレットなど)
- 絵筆(使い古したものでも良い)、スポイト、ストロー、古い歯ブラシなど、絵の具を垂らしたり飛ばしたりするための道具
- 新聞紙やビニールシートなど、周囲を汚さないためのカバー
- (オプション)汚れても良い服装、ゴム手袋
特別な画材を用意する必要はありません。ご自宅にあるものや、100円ショップなどで手軽に入手できるもので十分に始められます。
事前の準備
- 作品を作る場所を決めます。床や机の上など、絵の具が飛び散っても問題ない場所を選びましょう。
- 周囲が汚れないよう、新聞紙やビニールシートでしっかりとカバーします。壁際で行う場合は、壁もカバーすると安心です。
- 汚れても良い服装に着替えたり、エプロンをつけたりします。
- 絵の具を水で溶きます。ドロドロすぎると垂れにくく、サラサラすぎるとコントロールが難しくなります。垂らしたり飛ばしたりしやすい、適度な粘度になるように調整してください。複数の色を使う場合は、それぞれの色を別の容器に用意します。
実践ステップ
- 紙と向き合う: 用意した紙を床や机の上に置きます。深く呼吸を数回行い、今の自分の心の状態を感じてみましょう。どんな気持ちが湧いてきますか?
- 絵の具を選ぶ: 今の気持ちに合う色、あるいは直感的に惹かれる色を選びます。複数色使うのも良いでしょう。
- 絵の具を垂らす/飛ばす: 絵筆に溶いた絵の具を含ませ、紙の上にかざして筆を軽く振ったり、筆先から絵の具を垂らしたりします。スポイトで吸い上げた絵の具を落としたり、ストローで息を吹きかけて絵の具を広げたり、古い歯ブラシに絵の具をつけ指で弾いて飛ばしたり(スパッタリング)と、様々な方法を試してみてください。
- ポイント: 「こうでなければならない」という決まりはありません。力の入れ具合、絵筆の高さ、絵の具の粘度を変えることで、模様は多様に変化します。結果をコントロールしようとせず、衝動や感覚に従って自由に手を動かしてみましょう。
- 観察する: 絵の具が紙の上で広がり、混ざり合い、予期しない模様が生まれる様子を観察します。そのプロセスで何を感じるでしょうか?
- 乾燥させる: 作品が完成したら、十分に乾燥させます。
- 感じたことを書き出す(オプション): 乾燥させた作品を眺めながら、制作中に感じたこと、完成した作品を見て感じたこと、思い浮かんだことなどをノートに書き出してみましょう。どんな色が印象的だったか、どんな動きをしたか、どんな気持ちになったかなど、自由に綴ってみてください。
なぜ効果が期待できるのか:心理学的な背景
このドリッピング&スパッタリングのような手法は、「アクションペインティング」と呼ばれることもあります。これは、完成した絵そのものよりも、絵を描く「行為」や「プロセス」そのものに重きを置く考え方です。有名な抽象表現主義の画家、ジャクソン・ポロックもこの手法を用いました。
心理的な観点から見ると、この手法はいくつかの点で効果が期待できます。
- コントロールからの解放: 日常生活では、私たちは多かれ少なかれ物事を計画し、コントロールしようとします。しかし、このアートでは絵の具の流れや飛び散りを完全に予測・制御することは困難です。この「コントロールできないこと」を受け入れ、成り行きに任せる経験は、完璧主義や過度な計画性から一時的に解放される機会となり、心の柔軟性を高めることに繋がる可能性があります。
- 衝動や無意識の表現: 形を整えたり意図的な絵を描こうとしたりしないことで、内面にある衝動や感情、普段は意識していない無意識的なエネルギーが、絵の具の勢いや色、線の重なりとして直接的に表現されやすくなります。これは、言葉にならない感情を「見える化」するプロセスと言えます。
- ストレスや感情の解放: 絵の具を勢いよく垂らしたり飛ばしたりする行為自体が、身体的な動きを伴うため、溜まったエネルギーや感情を発散させるカタルシス効果を持つと考えられます。特に、イライラやモヤモヤといった感情を、力のこもった動きとして表現することで、心の重荷が軽減される可能性があります。
- 「今ここ」への集中: 目の前で絵の具が描く偶発的な模様や、絵の具を扱う身体的な感覚に集中することで、過去や未来への思考から離れ、「今ここ」に意識を向けることができます。これはマインドフルネスにも通じる効果であり、リラックスや集中力の向上に繋がります。
実践する上でのコツとバリエーション
- 準備を万全に: 後片付けの手間を考えると億劫になることもあります。あらかじめしっかりと床や壁をカバーし、汚れても気にならない環境を整えることが、安心して楽しむための重要なコツです。
- 力を抜いて楽しむ: 上手く描こう、良い作品を作ろうと考えすぎず、純粋に絵の具の感触や色、予期しない模様の変化を楽しみましょう。
- 様々な道具を試す: 筆の太さ、スポイト、ストロー、歯ブラシなど、使う道具によって絵の具の垂れ方や飛び散り方は全く異なります。道具を変えることで、表現の幅が広がり、新たな発見があるかもしれません。
- 音楽を聴きながら: 好きな音楽や、今の気分に合った音楽をかけながら行うのもおすすめです。音楽のリズムや雰囲気に合わせて、手の動きや絵の具の色が変わってくるのを感じてみましょう。
- 大きな紙に挑戦: 小さな紙だけでなく、大きな紙に大胆に描くことで、より身体全体を使った表現が可能になり、解放感を強く感じられることがあります。
終わりに
計画通りにいかないこと、予測できないことの中にこそ、新たな発見や解放があるのかもしれません。絵の具のドリッピングやスパッタリングは、まさにその「偶然性」を受け入れ、自分の中のコントロールを手放す練習となるアートセラピーです。
難しく考える必要はありません。絵の具と紙があれば、すぐにでも始めることができます。もし心の中にモヤモヤするものがあったり、少し力を抜いてリラックスしたいと感じたりしたら、ぜひ一度、絵の具を自由に垂らし、飛ばしてみてはいかがでしょうか。そのプロセスを通して、きっと新しい自分の一面や、心が軽くなる体験に出会えることと思います。