重ねた色を削る時間:内面の層を探るおうちアートセラピー
重ねた色から見えてくる「今」の自分
日々の生活の中で、私たちは様々な感情や考えを抱え、それが心の奥深くに幾層にも重なっていきます。時には自分でも気づいていない感情や、向き合うのが難しいと感じている内面が、心の奥底に隠れていることもあります。こうした内面の層に気づき、探求していくことは、自己理解を深め、より健やかな心を育む上で大切なステップとなります。
「おうちで簡単アートセラピー」では、特別な道具や技術がなくても自宅で気軽にできるアートや音楽を使った心理ケア方法をご紹介しています。今回は、クレヨンやパステルを使って色を重ね、それを削り出すという、シンプルながらも象徴的な表現方法を用いた心理探求のアプローチをご紹介します。この「スクラッチアート風」の技法は、色の層を通じて自分の内面に触れるユニークな機会を提供してくれます。
色を重ねて削るアートセラピーとは?
このアートセラピーでは、画用紙の上に複数の色のクレヨンやパステルを重ね塗りし、その上から別の色(通常は黒や濃い色)で全体を覆います。その後、先の尖ったもので表面を削り、下に隠れている色や模様を出現させます。
この一連のプロセスは、心の探求とよく似ています。様々な感情や経験が層になり、時にはそれが表面的な意識に覆い隠されている状態。そして、削るという行為は、意識的にあるいは無意識的に、その覆いを剥がし、内面の奥深くにあるものに光を当てるプロセスと捉えることができます。何が出てくるか分からない予測不能性もまた、自己探求の道のりを象徴しているかのようです。
必要なものと準備
このアートセラピーを始めるために必要なものは、どれもご家庭にあるか、身近な場所で手軽に入手できるものです。
- 画用紙または厚手の紙: 色をしっかり塗り重ねられる厚みがあるものが適しています。ハガキ程度の厚さでも良いでしょう。
- クレヨンまたはオイルパステル: 発色の良いものがおすすめです。様々な色を用意すると、表現の幅が広がります。
- 濃い色のクレヨンまたはオイルパステル: 重ねた色を覆うための色です。黒や濃い青などが一般的ですが、あえて別の濃い色を使ってみるのも良いかもしれません。
- 先の尖ったもの: 表面を削るための道具です。竹串、割り箸の先、つまようじ、インクのなくなったボールペン、ゼムクリップなど、身近なもので大丈夫です。いくつか異なる太さや形のものを試してみると、表現のバリエーションを楽しめます。
- 新聞紙やビニールシート: 作業中に机が汚れないように敷きます。
準備は簡単です。作業スペースを確保し、新聞紙などを敷いたら、必要な道具を手元に用意すればすぐに始められます。
実践ステップ:色を重ね、心を削る
さあ、実際に内面の層を探る時間です。
- 自由に色を塗り重ねる(第一の層): 画用紙に好きな色のクレヨンやパステルで自由に絵を描いたり、模様を描いたり、ただ色を塗ったりします。この時、どんな色を使っても構いません。描きたいものがなくても、直感で色を選んで紙全体に隙間なく、しっかりと塗り重ねてください。色と色が混ざり合っても大丈夫です。この層は、あなたの表面的な気持ちや、今パッと心に浮かぶイメージ、あるいは無意識に選ばれた色の組み合わせかもしれません。
- 全体を濃い色で覆う(第二の層): 第一の層の上から、黒などの濃い色のクレヨンやパステルで、紙全体を隙間なくしっかりと塗り潰します。下に塗った色が透けないように、少し力を入れて丁寧に塗りましょう。この濃い色は、あなたの内面を覆っているもの、例えば抑圧や我慢、あるいはまだ形にならないモヤモヤなどを象徴していると捉えることができます。
- 表面を削る(探求のプロセス): 用意した先の尖った道具を使って、表面の濃い色を削っていきます。どのように削っても自由です。線を描いたり、模様を描いたり、広い面を削り取ったり、点の集合にしたり。削る場所、削り方によって、下に隠れていた様々な色や模様が現れてきます。この削る行為は、自分自身の内側を掘り下げ、気づいていなかった感情や考え、可能性を探求するプロセスです。
このプロセスがなぜ心理ケアに繋がるのか
このアートセラピーのプロセスには、いくつかの心理的な側面が関係しています。
- 象徴的な表現: 色を重ね、覆い、削るという行為そのものが、私たちの内面の働きや、自己理解のプロセスを象徴的に表しています。覆われた層の下から何が出てくるかわからないという体験は、自分自身の未知の側面に触れることと重なります。
- 気づきと洞察: 削ることで初めて見える下の色は、自分でも意識していなかった感情や、忘れていた記憶、潜在的な可能性を示唆する可能性があります。現れた色や形、模様を観察し、「これは何を表しているのだろう?」「なぜこの色が出てきたのだろう?」と問いかけることで、自分自身についての新たな気づきや洞察が得られることがあります。
- 感情の解放と浄化: 濃い色で覆われた表面を削り取る行為は、抑え込んでいた感情や、乗り越えたい課題に対するエネルギーの解放に繋がることもあります。削りながら心の中で感じていることや考えていることを言葉にしてみるのも良いでしょう。
- プロセスへの集中: 色を塗り重ね、削るという作業に没頭することで、「今ここ」に集中し、雑念から離れる時間を持ちやすくなります。これにより、心が落ち着き、リフレッシュ効果が期待できます。
- 自己受容: 削り終えて現れた絵は、その瞬間のあなたの内面が表現されたものです。それがどんな絵であっても、良し悪しの判断をせず、ありのままを受け止めることで、自己受容の練習にも繋がります。
実践する上でのコツと注意点
- 結果に期待しすぎない: 「素晴らしい絵を描かなければ」「何か特別な意味を見つけなければ」と気負う必要はありません。このアートの目的は、表現すること、プロセスを体験すること、そしてそこから何かを感じ取ることです。
- プロセスを楽しむ: 色を塗る感触、重ねる時の色の変化、削る時の音や抵抗感、そして下から色が現れる瞬間の驚きなど、五感を使ってプロセスそのものを楽しんでください。
- 現れたものに寄り添う: 削り終えた絵をじっくりと眺め、どんな色、形、模様が現れたかを見てみましょう。そこから何か感じること、思い出すこと、連想することはありませんか? それらを簡単な言葉や短い文章でメモしておくと、後から振り返った時に新しい気づきが得られることがあります。「なぜこの色が出てきたのだろう?」「この模様はどんな気持ちを表しているように感じる?」など、問いかけてみてください。
- 安全な場所と時間を選ぶ: 誰にも邪魔されず、リラックスして取り組める時間と場所を選びましょう。
- 無理をしない: もし途中で疲れたり、嫌な気持ちになったりしたら、無理に続ける必要はありません。そこで中断しても大丈夫です。
バリエーションと深め方
- 色の選び方を変える: 一番下の層に、今の自分の気持ちを表す色だけを使ってみる。あるいは、なりたい自分をイメージした色を使ってみるなど、色の選び方にテーマを持たせてみましょう。
- 削る道具を変える: 尖り具合や太さの異なる様々なもので削ると、表現の幅が広がります。
- 特定のテーマで描く: 例えば、「今の悩み」「手放したいこと」「大切にしたいこと」など、特定のテーマを心に置いてから色を塗り重ね、削ってみるのも良いでしょう。
- 他の素材との組み合わせ: 削った部分に絵の具で色をつけたり、ラメやビーズなどを貼り付けたりして、さらにコラージュのように発展させることも可能です。
まとめ
クレヨンやパステルを使ったスクラッチアート風の技法は、自宅で手軽にできるアートセラピーとして、あなたの内面に気づきをもたらす可能性を秘めています。色を重ね、覆い、そして削り出すという象徴的なプロセスは、自分自身の心の層を探検する機会を提供してくれます。
出来上がった絵の「上手さ」や「意味」に囚われず、色と触れ合い、削る行為に集中する時間を楽しんでみてください。重ねた色の中から現れる一つ一つの色は、今のあなたからのメッセージかもしれません。この体験が、あなたの自己理解を深め、心豊かな時間をもたらすことを願っています。