内なるイメージを色と形に:おうちで始めるイメージドローイング
内なるイメージを色と形に:おうちで始めるイメージドローイング
私たちは日常生活の中で、言葉だけでは表現しきれない、様々な感情や感覚を抱えています。漠然とした不安、抑えきれない喜び、過去の記憶、未来への希望など、それらは時に複雑に入り組んでいます。こうした内なる世界を探求し、理解を深めるための一つの創造的な方法として、「イメージドローイング」があります。
イメージドローイングは、心の中に浮かぶイメージ、感覚、感情などを、具体的な対象を描くのではなく、色や形、線といった抽象的な要素を使って表現するアートセラピーの手法の一つです。専門的な技術は一切必要ありません。自宅で、身近にある画材を使って手軽に始めることができます。
この記事では、イメージドローイングの基本的なやり方から、それがなぜ私たちの心に働きかけるのかという心理学的な背景、そして実践する上でのヒントをご紹介します。
イメージドローイングとは? なぜ心に働きかけるのか
イメージドローイングは、分析心理学の創始者であるカール・グスタフ・ユングが提唱した「積極的想像」という概念にも関連があります。積極的想像とは、内的なイメージや夢などを意識的に扱うことで、無意識との対話を図り、自己理解や統合を深めようとする方法です。イメージドローイングは、この内的なイメージを「描く」という具体的な行為を通して外在化し、視覚的に捉えることを可能にします。
なぜ、言葉ではなく絵として表現することが有効なのでしょうか。人間の心には、論理的な思考や言葉を司る部分だけでなく、感情や直感、無意識といった言葉にならない領域があります。感情や感覚は、しばしばイメージや身体感覚と結びついています。イメージドローイングでは、この言葉にならない領域に直接アクセスし、そこに存在するイメージを紙の上に「降ろす」作業を行います。
描かれたイメージは、自分自身の内面世界を映し出す鏡のようなものです。完成した絵を眺めることで、普段意識していなかった自分の気持ちや考え、あるいは無意識の層にあるものが、色や形となって目の前に現れます。これらを客観的に見つめ、感じたことや気づきを得るプロセスが、自己理解に繋がるのです。また、感情を表現しきることでカタルシス効果が得られたり、創造的な活動そのものが心のリフレッシュになったりすることも期待できます。
おうちで簡単!イメージドローイングのやり方
イメージドローイングを始めるのに、特別なものは必要ありません。自宅にあるもので手軽に始めることができます。
準備するもの:
- 紙: スケッチブック、コピー用紙、ノートなど、普段お使いのもので十分です。サイズも自由です。
- 画材: 色鉛筆、クレヨン、パステル、絵具(水彩絵具など)、サインペン、鉛筆など、何でも構いません。複数種類を組み合わせても良いでしょう。自分が「これを使ってみたい」と感じるものを選ぶのがおすすめです。
- 描く場所: 静かで落ち着ける場所を選びましょう。テーブルでも床でも構いません。
実践ステップ:
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テーマを決める(または決めない):
- 今日の気持ち(例: 漠然とした落ち着かない気持ち、嬉しい気分、疲労感など)
- 特定の感覚(例: 体のどこかに感じる痛みや重さ、軽やかさなど)
- 頭から離れないこと(例: 将来への不安、人間関係の悩みなど)
- 夢のイメージ
- または、特にテーマを決めず、「今、描きたいもの」をそのまま描き始めても構いません。大切なのは、具体的な「モノ」を描くのではなく、内側から湧いてくる「イメージ」や「感覚」を表現することです。
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手を動かし始める:
- 選んだ画材と紙を用意したら、あまり深く考えず、直感に従って手を動かし始めます。
- テーマから連想される「色」「形」「線」などを自由に表現していきます。例えば、不安な気持ちならどんな色?どんな形?どんな線?と問いかけながら描いてみても良いですし、ただ感覚に任せて色や形を乗せていっても良いでしょう。
- 「上手に描こう」「何か意味のあるものを描こう」といった意識は手放しましょう。これは誰かに見せるためのものではなく、あなた自身の内面を探求するためのものです。
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描いている時の自分に気づく:
- 描いている最中、自分の気持ちや体の感覚、呼吸などに意識を向けてみましょう。「今、どんな気持ちでこの色を選んだかな」「手がどんな動きをしているかな」といったことに気づくことで、より深く自分と繋がることができます。
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描き終える:
- 「もう描くことはないな」と感じたら、そこで絵を終わりにします。時間制限を設けても良いですし、納得がいくまで描いていても良いでしょう。
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描いたものと向き合う(ジャーナリングなど):
- 描き終えた絵を、少し距離を置いて眺めてみましょう。
- どんな色が多く使われているか? どんな形や線が目につくか? 全体としてどんな印象を受けるか? といったことを観察します。
- 絵を見て感じたこと、気づいたこと、頭に浮かんだことなどを、ノートに書き出してみる(ジャーナリング)のもおすすめです。「この形は何に見えるかな?」「この色は何を表現しているのかな?」と、絵に対して問いかけ、心に浮かんだことを率直に書き留めてみましょう。この時も、「正しい答え」を探す必要はありません。
実践のヒントと期待できる効果
- 評価しない: 描いた絵を「うまい」「へた」と評価したり、絵から何か「正しい意味」を見つけようとしたりする必要はありません。ただ、そこに「ある」ものとして受け止めることが大切です。
- 自由な表現を楽しむ: 決められたルールはありません。紙からはみ出しても良いですし、手で色を擦り混ぜたり、破いたり貼り付けたりしても良いでしょう(安全な範囲で)。
- 定期的に行う: 一度だけでなく、定期的に行うことで、心の中の変化やパターンに気づきやすくなります。
- 他の方法と組み合わせる: 絵を描きながら音楽を聴いたり、描く前に軽く体を動かしたり瞑想したりするのも良いでしょう。
イメージドローイングを実践することで、以下のような効果が期待できます。
- 自己理解の促進: 言葉にならない感情や考えが視覚化され、自分自身をより深く理解する手助けとなります。
- 感情の解放(カタルシス): 抱え込んでいる感情を表現することで、心の負担が軽減されることがあります。
- ストレス軽減とリラクゼーション: 創造的な活動に没頭する時間は、心を落ち着かせ、リラックス効果をもたらします。
- 自己表現力の向上: 自由に表現する経験を積むことで、日常生活での自己表現も豊かになる可能性があります。
- 問題解決のヒント: 描かれたイメージが、抱えている問題に対する新たな視点や解決の糸口を示唆することがあります。
まとめ
イメージドローイングは、特別な道具や技術がなくても、自宅で気軽に始められる心理ケアの方法です。心の中に浮かぶ内なるイメージを、色や形として紙の上に表現することで、言葉だけでは捉えきれない自分の内面世界を探求し、自己理解を深めることができるでしょう。
「上手に描くこと」を目的とせず、ただ「感じるままに手を動かすこと」を楽しんでみてください。描かれた絵は、今のあなたの心の状態を映し出す、世界に一つだけのメッセージです。そのメッセージに耳を傾ける穏やかな時間を、ぜひおうちで作ってみてはいかがでしょうか。自己探求の旅の、新たな一歩となるかもしれません。